大手スポーツ品メーカーの広報担当氏に教えてもらった住所には、外壁モルタル2階建ての薄汚れた建物があり、「卓球用品製造・卸 X商会」と書かれたくすんだ木製看板がかかっていたことで、辛うじてそこが捜し求めていた場所であることがわかりました。
ガタついたガラス戸を開けると、そこはガランとした土間で、貨物用の自転車が1台と植木鉢、それから小さなショーケースがありました。ショーケースの中には、卓球のラケットとラバーがいくつかと、紙箱に入ったピンポン玉などが雑然と置かれていて、そのいずれもがうっすらと埃をかぶっています。
土間の中央まで入って、店の奥に向かって声をかけると、間延びのした返事があって、しばらくしてから度の強そうなメガネをかけた、年の頃なら70歳代後半から80歳代くらいに見える、頭の禿げた小柄な男性が、ノレンの陰から顔を覗かせました。心なしか、警戒するような疑り深い上目遣いの視線を感じます。 私は相手の警戒心を解こうと、努めて明るい声色でおそるおそる声をかけました。
「あのぉ…ピンポン玉の作り方を詳しく聞きたいって言ったら、こちらを紹介されまして…」
あの広報担当氏の名前を出しながら話を切り出すと、相手はノレンの陰から全身を現して、意外に愛想よく、「あぁ、そんなことなら造作もないこと…」 と、私に椅子をすすめ、セルロイド板から打ち出しでピンポン玉を作る方法を話し出そうとします。私が途中で話を遮って、
「いや、そうではなく、私が聞きたいのは“幻の4つ星”の作り方です」
と言うと、老人は怪訝そうな顔つきで私の顔を見つめて聞き返しました。
「幻の4つ星…だって?」
ふいに老人の顔に朱が差したように上気していくのがわかりました。老人の目はカッと見開かれ、殺気という言葉は適当ではないかもしれませんが、私の本心を探り出すかのように、じっと私の目を覗き込んでいます。が、しばらくして老人の全身からふっと緊張感が消えたのがわかりました。
「あんたもモノ好きと言うか、今どき珍しい人だ。“幻の4つ星”の話をワシから聞き出そうなんて…よかろう、話してあげよう。なに、もうワシもそう長くない。ワシが死んだら、このことを知るものもいなくなる。死ぬ前に、あんたのような変わり者に聞かせておくのも、悪くない」
老人は、うつむき加減に椅子に腰かけ、タバコに火をつけて、煙を深々と吸いこむと、おもむろに“幻の4つ星”をめぐる「伝説」を語り始めました。(以下、次回に続く)
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