2008年8月30日土曜日

驚異の産業技術 テニスボールの作り方① “お仕置き部屋”の秘密

 皆様、お元気でお過ごしでしょうか?実に約10ヵ月ぶりのご無沙汰です。
 何はさておき、この間の私の消息についてご報告申し上げておきましょう。「ピンポン玉の作り方」を調査するために、当日の予定をすべて一方的にキャンセルした上に、強引に1週間の連続休暇を取得し姿をくらますという暴挙(と周囲の無知で無理解な人々はそう言います)に出た私は、その後、当然のごとく会社の上層部からの譴責と周囲の冷たい視線にさらされなければなりませんでした。
 1週間ぶりに出社した私に、同僚たちは口もきいてくれず、私の顔を遠くから盗み見てはヒソヒソ話をするばかり(これは正直こたえました)です。一応神妙な顔をして上司の説教を聞いていた私でしたが、そのうち処分が決まり、会社は私に対して10%の減俸3ヶ月(ま、こんなものは私にとって屁の河童ですが)と、「省エネ対策室」への転属を命じました。省エネ対策室!いかにもヒマそうな部署ではありませんか。思いがけず軽い処分ですんだ上に、見るからにヒマそうな部署への転属までオマケについてきたのです。
「これからは、あり余る時間をどう使ってやろうか」
 私は内心小躍りしてしまいました。今まで営業の第一線で多忙な日々を送っていた私が、このような閑職に配属になったことは、ある意味“懲罰的人事”だと普通の人なら考えることでしょう。しかし、私にとって、“閑職”という言葉には、えもいわれぬ蠱惑的な響きがあったのも事実です。なぜなら、これで誰はばかることなく、知的好奇心を満足させるために時間を使うことができるのですから。
 しかし、世の中そんなに甘いものではありません。この「省エネ対策室」が、別名「お仕置き部屋」と呼ばれていることを知ったのは、不覚にも、配属が決まって、社内のあいさつ回りを始めてからのことでした。
 人事課から辞令を受け取り、営業、資材、総務といった各部署をあいさつに回っていると、どこへ行っても各課の課長クラスの人から、

「へーっ、省エネ対策室だって?それはご苦労様だね。まぁ、体に気をつけて、がんばってもらいたいもんだね」
 と、判で押したような激励(と言うより同情?)の言葉が返ってくるのです。
 妙な雰囲気に首をひねりながら廊下を歩いていると、突然腕をつかまれ湯沸し場に引っ張り込まれました。あわてて相手の顔を見ると、同期入社のM田でした。M田は押し殺した声で、しかし語気鋭く、
「オマエ、“省エネ対策室”に配属されたんだってな。能天気な顔して、いったいどんなとこか知ってんのか?」
 と聞いてきました。
「どんなとこって…社内の省エネっていうか、電気やガスを節約したり、コピー用紙を節約したりとか、そんなんだろ?」
「それは総務課の“エコ推進室”!オマエが行くのは管財課の“省エネ対策室”!まったく別の部署なんだよ。辞令をよーっく見てみろ!」
 言われて手元の辞令をよく見てみると、確かに「管財課、省エネ対策室勤務を命ずる」と書いてあります。
「えっ?これって、どういうこと?」
「省エネ対策室っていうのはな、別名“お仕置き部屋”。遅刻、無断欠勤、怠業といった勤務態度の悪い社員、さらに酒やギャンブルへの極度の依存、不倫行為等の素行の悪い社員らを無期限で配属して、矯正するための部署だ」
 M田がさらに一段声のトーンを落として言いました。
「お・し・お・き・べ・や?」
「そう、お仕置き部屋。詳しい内容はオレにもよくわからん。それは、これから自分の目で確かめてみるんだな。今となってはオレにはどうしてやることもできない。とにかく、逆らうな。流れに身を任せて、実直に勤め上げるしかない。そうすれば、いずれ呼び戻してもらえることもあるだろう。何があっても気を落とさずに頑張れよ。じゃあ、達者でな」
 それだけを早口で言って、私の肩をポンと叩くと、M田は早足で立ち去っていきました。
「おしおき…べや…」
 その言葉を反芻しながら、遠ざかっていくM田の背中を見つめて、私は呆然と立ち尽くしていました。(次回へ続く)